「ここに行けばいいから」と渡された地図は、至って簡単な物だ。最寄り駅から、徒歩で5分圏内らしいが、これはいい加減すぎるだろう。もっとも文句を言おうにも、相手は今、私の側にはいない。約束の時間まではあと10分足らず。汗ばんだ額を拭ったら、何処からかセミの声が聞こえた。
□□□同居バトンでドリームだよ(笑)!!←これタイトル。□□□
*設定:お相手は佐藤寿也。主人公は、なんだか仕事で彼と同居するハメになる一般人。(どんな仕事だ・・・。突っ込まないで頂けると嬉しいです)一応マスコミ向けのカモフラージュみたいなんだけど、いったい何を隠す為なのか、主人公もそこまでは聞かされていない模様。
時間ぎりぎりで辿り着いたマンションは、なかなか小綺麗で好感がもてる。地図と一緒に渡されていた鍵で人気のないエントランスを通り抜け、エレベーターに乗った。押したのは7階。野球が勝負ごととはいえ、これは懲りすぎだろう。ラッキーセブンの意識したのか、777号室。ちょっと笑える。
「まったく、縁起かつぐにも程があるわよね」
パチスロじゃないんだから、と呟きながら手の中の鍵を弄っていると、いつの間にか機械は止まっていた。滑らかな動きでドアが開く。目的の部屋は一番奥にあった。
「失礼しまーす」
軽い音をたててノブが回る。覗き込んだ玄関からは、新しい部屋特有の匂いがした。人の気配は感じられない。ただ無造作に白い壁が、この部屋に先住者が居ない事を教えてくれているようだった。
「あー、疲れた。靴脱ぎたい。足蒸れた・・・」
私は早速、靴を脱いで部屋に上がる事にした。
「こんにちは」
「こ、こんに、ちはっ!」
び、び、びっくりした。本当に驚いた。誰もいないと思っていた部屋の奥から、20歳前後と思える男性が現れたからだ。さっきの独り言を聞かれたかもしれないと思うと、赤面物だ。だが彼は、腰を抜かしそうになった私に頓着する様子もなく、穏やかに微笑んでいる。
「さんですよね?」
「え、あ、私の名前・・・なんで知っているんですか?」
私の質問に彼は首を傾げた。そうすると綺麗に整った顔が、ほんの僅かだが子供っぽく変化して可愛らしい。でも、本当に残念な話なんだけど、私には彼に関する記憶が無い。要するに知らない人って事だ。不思議に不審が混じった表情で、ゆっくりと後ろに下がり始める私。いや、いくら顔が良いっていったって、見知らぬ男と部屋に二人きりという状況は、避けておくのが女のマナー。
「本当に、何も聞いていないんですか?」
「はい?何が?」
なんだか禅問答のようになってきた。主語が無いっていうか、目的語が無いっていうか。つかみ所の無い会話に、少々いらっとした。
「何を聞いたか聞かれても、その“何か”が私も知りたいんですが!質問に質問で返すのは、非常に申し訳無いのですが、是非ともご教授御願いします!」
「・・・・・・」
一方的にまくし立てた私の剣幕に押されたのか、彼は無言のままポケットに手を入れた。
どういうつもりなんだろう。だが、さした時間もかからないウチに、折り畳まれた紙片が一枚私の前に差し出される。
「これに、見覚えありませんか?」
「はい?」
促されるままに、紙を開いて中身を確認した。
「あ・・・・・・」
―――これは、とっても、見覚えがある。っていうか、さっきまで見ていたし・・・。
「これで事情は理解してもらえましたか?」
「あ・・・一応・・・」
にっこり、と一見、人好きのする笑顔が向けられる。でも心なしかその背後に黒い物が漂って見えるのは、神様、私の気の所為でしょうか?
□□□
○彼との同居が決まった時、貴女がまず口にした台詞は?
○では、その時の心の声は?
□□□
「始めに自己紹介をしますね。僕は名前は佐藤寿也です」
職業は一応、シャイアンズというプロ野球チームでプレーをしています。ごくごく当たり前の顔で、さらっと説明されたけど、私の背中は冷や汗だらだらだった。
だって、シャイアンズといえば、在京の強豪チームで、プロ野球に詳しくない私だって名前くらいは知っている。しかも、そのシャイアンズで捕手の佐藤選手といえば、スポーツ新聞の一面から女性雑誌まで(顔が良いという理由らしい)、連日大報道の大型新人、超有名人なのだ。
「えーっと、その佐藤選手と私が・・・」
「一緒に住んで頂けるんですよね?」
「うぐっ!」
なんで、あなた、そんな問題事項をさらっと言えるんですか!?今の状況を本当に解ってんか、コイツ。という私の視線に気がついたのか、佐藤選手(とりあえず、こう呼んでおく)はまた『にこにこっ』と笑って下さった。でも、その笑顔に比例するように、背後の黒いもやもやが、部屋の中を浸食している様な気が・・・。
「一緒に、住んで、頂けるんですよね?」
―――しかも、あなた、だめ押しですかっ!?
「・・・・・・し、仕事ですから・・・」
「はい、そうですね」
にっこり。またその笑顔ですか・・・。もはや彼の背後を確認する事さえ面倒くさい。
ああ、もし仕事じゃなかったら、10分前に私は部屋を飛び出していたに違いない。しかし、なんでこんな仕事を引き受けてしまたんだろう、私・・・。特別ボーナスという言葉に飛びついた過去の自分を、後悔せずにはいられない。
「じゃあ、さん。今日から宜しく御願いします」
礼儀正しく頭を下げる後頭部に、綺麗なつむじが巻いている。髪もさらさらで、なんか悔しい。
「こ、こちらこそ宜しく御願い致します・・・」
こうして、私と彼、つまり佐藤寿也の同居生活はスタートした。
□□□
○新生活スタート。2人の間に3つの約束事を作るならどんな内容にする?
○同居生活における家事はどんな風に分担しますか?
□□□
次の日の朝、目が覚めると佐藤寿也はすでにリビングにいた。のんびりしている所を見ると、今日はオフなのかもしれない。手元には届いたばかりと思われる今朝の新聞。熱心な眼差しを向けている記事は、彼の職業を考えれば当然というかスポーツ面だった。
―――でも、昨日は野球の試合ってあったっけ?
昨日この部屋で出会ってから、彼が外出した様子はない。あまり野球に詳しくない私が言うのもなんだけど、ひょっとして・・・
「・・・レギュラー落ち?」
「はぁ!?」
思い切り不機嫌そうな視線が突き刺さる。あらあら、昨日と随分態度が違うじゃありませんか?これは、もしや図星なのではないかと、興味津々で彼の次の言葉を待っていると、呆れた様な溜め息がひとつ。
「さん、誰の話をしているんですか?」
「んー、シャイアンズの佐藤選手、かな?」
「違いますよ・・・。僕のチーム今日は試合ないんです」
―――うわ、心の声がばれてるわ・・・。
佐藤寿也、なかなかに勘が良いとみた。今度から気をつけないと。
「僕が見ていたのは、ほら、この記事です」
広げてくれた新聞の一部分に目を向けた。
「あれ、これってメジャーリーグの記事じゃない」
「向こうは昨日も試合ありましたからね」
「・・・それって皮肉?」
「いえ、単純に現実を述べただけですよ」
「ふーん。この選手、日本人なんだ・・・」
『茂野吾郎』と書かれた名前に、私は見覚えが無かった。
「この前のWBCのクローザーですよ」
「くろーざー?」
「ああ、“抑え”って事です」
「へぇ・・・、あれ、でもそう言えば、この前のWBCって米国に負けたんじゃ・・・」
私が呟いた途端、佐藤寿也の瞳が丸くなった。やべ、まずいこと聞いちゃったかな。
「そうですね・・・、この前は負けました」
「・・・・・・」
「でも次は必ず勝ちますよ。その為に僕は努力している」
そして彼も。と、目の前の私よりも、自分に言い聞かせる様な強い口調。
「随分、この茂野選手に思い入れがあるのね?」
「・・・幼馴染みだったんですよ。高校も1年は一緒に過ごしましたし」
茂野選手を語る時、彼は誇らしい様な、懐かしむ様な不思議な目の色をしていた。それは、誰が見ても忘れがたい、とても綺麗な色だ。
「良いライバルなんだ?」
「良いライバルですよ」
そう答えて笑った佐藤寿也の笑顔は、昨日から見た色々な表情の中で、一番年齢に相応しい、きっと彼らしい笑顔だった。
「あ、でね。話があるんだけど」
「はい?」
「一緒に住むに当たってさ、色々決めなきゃいけないと思うのよ!」
「はぁ・・・」
「とりあえず、意見があるなら聞かせてよ〜」
そうですか、と小首を傾げた彼は、少しの間思案していたみたいだったけど、すぐに口を開いた。
「じゃあ、僕の希望なんですが・・・。まず、シーズン中は遠征もかなり多いので、家に帰らない事が多いと思います。帰ってこなくてもあまり気にしないで下さい。食事のメニューに関しても、僕は自分で管理しているので大丈夫です。最後にこの生活にかかる費用は、僕が払いますんでさんは、特に生活費なんかも考えなくていいです」
「・・・・・・」
「・・・大丈夫ですか?」
「・・・・・・」
「さん?」
「お前は・・・」
「はい?」
「お前は、私を馬鹿にしてんのかっ!!」
「え・・・」
くっそー、コイツ。可愛い顔して生意気な事ばかり言いやがって!何が帰ってこなくても気にするな、だ。何が食事はいらない、だ。何が生活費も自分持ちだ!!馬鹿にするのもいい加減にしろ!私の事をなめてるのか!こうなったら徹底的に、同棲(居)生活っぽくしてみせる!!
かろうじてかぶっていた猫の皮をかなぐり捨てて、私は手に持った新聞をみちみちと折り畳んだ。
「ふ・・・完成・・・」
特大のハリセンが完成した。あんまり生意気な事言ったなら、このハリセンが炸裂するわよ!とばかりに出来上がったそれを脇に挟み込むと。
「僕、まだその新聞読み途中なんですが?」
敵もなかなか手強いらしい。呆気にとられた顔をしていたのは一瞬で、今はすでに憎たらしい程落ち着いた表情を見せている。かまうもんか、決めてしまえばこっちのもんだ。
「まず、家事の分担を決めるわよ。それから同居するにあたっての約束ごと。最低限のルールは決めないとね!」
「はぁ・・・」
「意見が無いんなら、私が決めるわよ」
「・・・言っても聞かない、の間違いじゃないですか?」
「はい、関係無い話はスルー」
「・・・・・・」
無言は肯定と受け止めておこう。心なしか、まだ恨めしそうに新聞(ハリセンの原料)を見つめている彼に、私は3つの提案をした。
「一つ、挨拶はきちんとする事。一つ、ご飯はなるべく一緒に食べる事。一つ、家事は適当に分担する事。それに、これは大前提で生活費はきっちり折半するからね!」
「・・・はぁ。さんがそれで良いのなら、僕に異論は無いですよ」
「了解。後、さんて呼ぶのは同居している相手にしては、ちょっと不自然だから。せめてさんって呼んでもらえる?」
「、とかじゃなくて良いんですか?」
呼び捨てにされた瞬間に、背筋にぞわっと鳥肌がたった。気持ち悪いとかじゃない、むしろちょっと逆近い。
―――これは・・・やばい、やばい、やばい!!
「そ、それは・・・出来れば、やめて、もらえるかな?」
「解りました」
思ったより、あっさりと引き下がってくれてほっとする。だが、彼の言いたい事はそれだけでは無かったようだ。
「ああ、そうだ。さん」
「何?」
「僕のことも、佐藤選手、とか佐藤寿也とか呼ぶの止めてくれませんか?」
「あ・・・えっと、じゃ、じゃあ・・・◇◇◇王子とかはどうかな?」
「・・・僕のこと、馬鹿にしてます?」
爽やかなリビングに、ぶわっと黒い物が立ちこめた。
―――じ、冗談の解らない年代なのかしら・・・。
余計な汗をだらだらかきながら、私は必死で新名称を思いつこうとしていた。でもね、こういう時に限って、良いあだ名は思いつかないモンである。
「えっと・・・」
「全く・・・、本当に大丈夫なんですか?僕を呼ぶ時は『寿也』で良いですから」
「ほへ?」
「さっき決めたルールに付け加えておいて下さい。僕の事は『寿也』と呼ぶように」
「は・・・はい」
その後、『適当に分担する』と提案した家事は、彼によってきっちりとした分担案が出され(ちなみに、掃除と洗濯が私で、料理は彼がするらしい・・・)無事に話は纏まった。
なんだか、色々負けた気がするけれど。とりあえず同居生活が一歩前進したという事で納得しよう。
□□□
○朝は貴女より1時間早く家を出る予定なんだって。彼に合わせて起きる?
□□□
「あ、そうだ。僕、明日の朝は早いですから気にしないで良いですよ」
「何時くらいなの?」
「6時頃には家を出ます。3連戦の遠征なんで、移動を含めて5日くらい留守にもしますから」
「はぁ」
同居生活始まって早々、相手が5日も不在ときた。こりゃ結婚してたら大問題だね。まぁ、野球選手と結婚するような女性は、そんな事も覚悟して結婚するんだろうけど。私はちょっと嫌。
「だからさんは、寝てて下さい。明日は普通の仕事もあるんでしょう」
「あ、あるけど起きる!」
「はぁ・・・また、なんで?」
「いや・・・朝ご飯、一緒に食べようと思ったんだけど・・・」
ご飯はなるべく一緒に食べる、は私が提案したルールの一つだ。提案した本人が守れないようでは、女が廃る。
「別に、朝ご飯の為だけに早起きする必要は無いでしょう・・・」
「する!早起きします!!」
もっとも、次の朝。完璧に配膳された朝ご飯を食べながら「ひょっとして私が寝ていた方が、寿也は朝食の準備をする必要も無くて、楽だったんじゃないの?」と気づいたのは、とりあえず心の中にしまっておこう。だって朝ご飯美味しかったんだもん。
□□□
○やけに余裕がある朝だと思えば時計が止まっていました!慌てた彼が忘れそうになった物は?
□□□
起きる。テレビを付ける。コーヒーを淹れる。いつもと変わらない穏やかな空間で、私は朝のひとときを満喫していた。寿也は今日も試合だからとっくに出掛けているし、私は週末のオフを誰に気兼ねすることなく、家の中でごろごろと過ごす予定。(内々の話なんだけど、寿也はああ見えて小姑気質らしく。休みの日に家でごろごろしていると、嫌みたっぷりの視線が飛んでくる。その視線は嫁をいびる小姑・・・というよりも、駄目亭主を皮肉る女房のごとし。それにしても、捕手ってあんな性格のヤツばっかりなのかな・・・。あれじゃあ、恋女房というよりも、古女房ってところでしょ!)
ところが、だ。私が「むっふっふーん」とテレビのチャンネルをいじくって、ワイドショーの騒々しい声が響いたのと同時に、リビングのドアが凄い勢いで開けられた。
「ひっ!!」
―――誰誰誰誰!?こんな朝っぱらから押し込み強盗ですか!?さては寿也のヤツ、戸締まりしていかなかったな!!ちくしょう、いくら私が寿也の買ってきていたお菓子を食べたからっていって、鍵くらいかけていけばいいじゃない!!
「・・・押し込み強盗じゃないですよ」
「あれ?」
「ついでに言うと、僕のお菓子食べたのって、やっぱりさんだったんですね」
まぁ、その点に関しては二人しかいないから、当然なんですけどね。とお得意の皮肉っぽい口調で言われたけれど、そんな事より私は、自分の心の声がいつからオープンになってたかが大問題。(でも、この調子だと、最初っからフルオープンみたいです。家の戸締まりよりも、自分の心の戸締まりしとけ・・・。)
「え・・・と、寿也サン、今日の試合は?」
「時計が止まっていた所為で、ちょっと寝過ぎただけだから。もう出ますよ」
「え、あ、じゃあ、いってらっしゃい」
「・・・いってきます」
いってらっしゃい、と渾身の笑みを浮かべた私を一瞥して、寿也は玄関を出て行った。ふぅ、本気で焦っちゃったよ。でも、試合から帰ってきたら、またみちみち嫌みを言われるのかな・・・。うーん、本当にあの小姑気質はどうにかならないのかな・・・。
「小姑なんて、この家にいるんですか?」
「はうっ!」
今度こそ、心臓が止まるかと思った。相変わらずフルオープンな私のモノローグ。そして、相変わらず最悪のタイミングで登場する私の同居人。
「何、驚いているんですか。ここは僕の家でもあるんですよ」
「ちょちょちょちょちょ・・・っと。お、驚いただけ、です・・・」
ええ、そうです。それはその通りです。反論のしようもございません。しかし今度ばかりは、きっちりと心の中で納めておいたと思ったのに、寿也には筒抜けだったようだ。
「ふっ、まぁいいや。忘れ物取りに来ただけですから」
「あ、は、はい。忘れ物」
またもや鼻で笑われる私。でも、こんなやり取りを何回も繰り返しているせいか、思ったよりダメージは少ないみたいだ。鈍感力って本当に大事だね。それにしても、あのきっちりした小姑が忘れ物だなんてめずらしいな、と私が寿也の動きを眺めていると、彼は玄関の飾り棚の隅に置かれた定期入れを手に取った。
―――ああ、あれを忘れたんだ・・・。
それは、ちょっと古ぼけた定期入れだった。彼のように有名な野球選手の持ち物としては、失礼な言い方だけど、些か安っぽい。でも、その古ぼけた定期入れは、丁寧に手入れをされている雰囲気を纏っていて、彼にとってひどく大切な物である事を教えてくれていた。
大切な物なんだろうとは思っていた。それに、あまり見覚えのないエンブレムが刻印されていたから、以前に寿也に質問した事があるのだ。「これは、どんな思い出があるのかって」、そして、その質問に対する彼の答えは、とてもシンプルだった。
「大切な友人から、もらったものなんですよ」
ノーブランドの安い定期入れでも、その人からの贈り物というだけで、寿也にとっては宝物なのだ。あの時の、嬉しそうな、切なそうな笑顔は、私ですら見惚れる程綺麗だった。きっと、その相手が彼の想い人なのだろう。でも、どうやら寿也はその事を隠さなくてはならないらしい。どんな事情があるか解らないが、私と「同居」というカモフラージュを使う程、相手の事は重要機密。まぁ、興味が無いといったら嘘になるけど、それはそれ、私は仕事をしているんだから。関係無い事に首は突っ込まない主義なのである。
―――あれ・・・でも、そういえば、あんな感じの顔、最近見た事があるような・・・。
その表情が、彼のライバルを語った時の物である事に私が気づいたのは、その日のヒーローインタビューで『茂野吾郎』にエールを送る寿也の顔を見た時だった。
□□□
○急遽決まった同居生活の事、友達に話す? 話さない?
○帰ってきた彼に言う台詞、『お帰りなさい。○○にする? △△にする?』
□□□
携帯電話が着信のメロディを鳴らし始めた。画面には、大学時代のサークル仲間で仲の良い友人の名前が表示されている。そういえば、最近、連絡とって無かった様な気が・・・。
『おはよー、元気?』
「あ、うん。元気元気。そっちこそ、元気なの?」
元気だよー。と久しぶりに聞く声は、確かに元気いっぱいだ。そうして、ちょっと懐かしい話をしたり、お互いの近況を教え合ったりする中で、その話題は飛び出した。
『そういえば、は彼氏出来たの?』
「えーと、それは・・・」
―――彼氏、じゃないけど同居してます。
『、この前会った時、今年こそ彼氏を作るってはりきっていたじゃない』
「あ、うん・・・」
―――予定は未定。この状況下では、その夢は実現不能となりました。
『ひょっとして、まだ・・・だった?』
「あ、あはは。あ、うん、そうなの!」
あはは。あはは。と乾いた笑いを連発する私の耳に、友人の気の毒そうな声が痛い。
『ごめんねー。久しぶりだったから突っ込んだ事聞いちゃって・・・。でも、できたら絶対に紹介してよね!』
「うん、その時は紹介します、いやさせて下さい!!」
『はーい』
朗らかな声で別れの挨拶を告げると、友人は勢いよく電話を切った。私は、といえば、ちょっと虚しい気分に苛まれ中。いや、彼氏は欲しいよ、マジで欲しい。でもさ、この状態(佐藤寿也と同居)で男が作れるかつーの!
「いつになったら紹介できるのかな・・・」
せめて、この仕事の期限を決めておけば良かった、とちょっぴり後悔が湧いてしまう。とりあえず、友人に吉報を届けられるのは、大分先の事らしい。
そんな感じで友人と電話をしたり、テレビを見たりしてうだうだと過ごしているウチに、窓の外はいつの間にか暗くなっていた。お風呂の自動スイッチを押してお湯を溜めると、お腹がぐうと鳴った。ろういえば夕ご飯、まだ食べてなかったな・・・。今日は寿也も試合で遅いし、レトルトのカレーでも食べようかと、私は戸棚をごそごそ漁っていた。
「うわー、こういう時に限って無いよ・・・」
戸棚の中に買い置きしていたレトルト類は、どうやら私が食べ尽くしてしまった様である。仕方が無いので、コンビニにでも買い物に行こうかと財布を片手に玄関に向かうと、そこには大きな荷物を抱えた寿也が立っていた。
「あ、あれ、お帰りなさい。は、早かったね」
「ただいま、今日は試合が早く終わったから」
まさか、こんなに早く帰ってくると思わなかったので、私すっぴんなんですけど。(一応、いつもはナチュラルメイクをしているの!)焦る私を横目に、寿也は荷物を抱えたままリビングに向かった。思わず追いかける私。そして、すっぴんなのを誤魔化したいのか、コンビニに買い出しに行くのを誤魔化したいのか、たぶん両方なんだけど。私の口から飛び出したのは、実にトンチキな文句だった。
「あ、あの、寿也っ!」
「何?」
「お帰りなさい!お、お風呂にする?(私も入ろうと思ってたから、化粧してないんだけど。)そ、それともご飯にする?(今からコンビニに買い出しに行くんだけど)」
「・・・・・・」
沈黙が痛すぎる。
□□□
○ちょっとした事から喧嘩になってしまいました。原因は何?
○仲直りに成功! 貴女も彼も寝るまでにはまだ時間があります。何をして過ごす?
□□□
とりあえずコンビニでお弁当を二人分買ってきた。寿也の作る料理に比べたら、添加物もばりばりで、味もそれなりなんだけど、食べ物には間違いない。農家の皆様ありがとう、漁師のおじさんありがとう、お肉屋さんもありがとう。と私が手を合わせて箸を付けると、向かいの寿也は無言のまま、もそもそと弁当を咀嚼していた。
「いただきます、くらい言いなよ」
「・・・・・・」
「挨拶はきちんとする、って決めたよね?」
もう食べちゃってるけど、この際それは考えない。
「・・・・・・」
ちょっと間があってから、寿也は小さな声で何かを言った。でも、私の耳にそれは届かない。
「ねぇ・・・?」
帰ってきた時から、何かおかしいな、とは思っていた。そんなに長い間一緒にいるわけじゃないけれど、こういう寿也は珍しい。珍しいというよりも、初めてという気さえする。
「なんか、あったの?」
「別に・・・」
「じゃあさ、もうちょっと美味しそうにご飯食べたら?」
コンビニ弁当は寿也の味覚に合わないかもしれないけれど、あんまり不味そうに食べるのは、食べ物さんへの冒涜だと思う。
「・・・・・・」
―――ふーん。また無視ですか・・・。
そうして、なんだか重苦しい雰囲気の中、私はふとテレビのリモコンを手に取った。
ぱぱぱぱらー、ぱ。
妙に明るい音楽とともに、今日の話題がピックアップされる。内容は昼のワイドショーと大差ないんだけど。アナウンサーの顔がちょっと真面目な所が、違うといえば、違うような。話題は目まぐるしく流れていって、ちょっと画面が切り替わると、何処かで見た顔が登場した。
『今日のプロ野球、試合結果です〜!!』
いかにも元気です、といった感じの可愛い女性アナウンサーが黄色い声を張り上げる。彼女の背後の画面には、ばばっと今日の試合結果が写し出された。
『今日のシャイアンズなんですけど、残念な事に連勝は出来ませんでしたー!』
―――はぁ、そうですか、負けたんですかシャイアンズ・・・。
「って、あ!?寿也、今日負けちゃったの!?」
「・・・・・・」
「え、ひょっとして、それで、そんな態度なわけ?」
「・・・別に、勝負ですから負ける時もありますよ」
詰まらなさそうな表情で、寿也が弁当の最後に残った漬け物を口に入れる。あんなに不機嫌な顔をしていても、弁当はきっちり綺麗に平らげている。そこはエライと認めよう。でもね、仕事の鬱憤を家庭(?)に持ち込まれても困るのよ!どうにかして、この小生意気な野球小僧(で充分だと最近思った)を、ぐうの音も出ないようにやりこめないと・・・。と思った時、ふと思いついた事があった。
「あぁ、そっかぁ・・・」
ちらりと向けられる視線は、心なしかいつもよりちょっと元気がない。
「寿也は例のライバル君の事気にしてるんでしょ?」
『茂野吾郎』っていったっけ?私の言葉に、寿也の顔色が目に見えて変わった。すごい、どうやら図星だったみたい。それにしても、いつもあれ程のポーカーフェイスを見せている寿也を、名前だけでこれだけ動揺させるとは、『茂野吾郎』侮りがたし!
「そうよねー。昨日の試合では、お立ち台であれだけ偉そうにかましたくせに、自分が負けちゃったら話しにならないわよね」
「・・・・・・解ってる」
「何?」
「そんな事、解ってるって言ってるんだよ!」
私は今までの人生で、他人が本気で怒る所ってあまり見た記憶が無かった。だからといって、他人の感情が解らない訳ではない。げんに今、この瞬間。寿也が本気で怒っている事くらい、私は解っていた。でも、これくらいで引き下がる訳にもいかなかった。私が引きずり出した彼の感情は、私が収拾をつけないといけないのだから。
「じゃあ、良いじゃない」
「何が良いんだよ・・・」
弾けるような感情は落ち着いたものの、寿也の表情は険しいままだ。
「だって、今日の試合だって寿也は頑張っていたんでしょ?」
「僕だって、プロだからね。試合で手を抜くわけにはいかない」
「なら、胸張っていれば良いじゃない。今日の試合に負けたくらいで、何が変わるっていうの?」
「・・・・・・」
自分でも随分、知ったような事を言っているのは解っていた。野球の知識もろくに無いくせに、寿也と同居するまでは、スポーツ欄をチェックすることすら稀だったけど。でも私は、言わずにはいられなかった。
「茂野吾郎だって、WBCの時に抑えきれなくて、日本が負けたんでしょ?でも、それでも彼は頑張っている。そんな彼だから、寿也もライバルだと思っているんだよね」
「・・・・・・」
いつの間にか寿也の周りから、とげとげしい空気が無くなっている。一瞬、言い過ぎたかも知れないという不安感が過ぎったけれど、出た物は元に戻せない。私は腹をくくって話を続けることにした。
「まったく・・・、そんなに落ち込んでいる顔、彼に見せられるの?」
「・・・・・・ごめん」
「謝れなんて言ってないわよ」
「うん・・・」
項垂れていた寿也の顔が持ち上がる。さらと揺れた黒髪は、相変わらず私より綺麗で羨ましい。それきり私の暴言に文句をいう事もなく、寿也は空になった弁当箱をゴミ箱に捨てに行った。
「これ・・・、お土産」
そして再び戻ってきた彼の手には、小さな包みがぶら下げられていた。促されるままに包みを開くと
『●●名物おんせんまんじゅう』
その後は頂いた饅頭と、入れ立ての日本茶を二人で啜る。そうして、たまにぽつりと会話を交わすだけで、時間は過ぎていった。
―――ああ、それにしても妙齢の女性へのお土産が温泉饅頭だなんて、きっちり教育してやらないとこの先が思いやられるわ・・・。
それは、寿也の趣味が案外渋いと知った、夜のお話であった。
□□□
○疲れていたのか、彼が布団に入らず眠ってしまいました。貴女はどうする?
○貴女も寝ようと思った時、彼の口から微かに寝言らしき声が。何て言った?
□□□
「とーしーや、寿也くん、風邪ひーくーよー」
大人一人が寝転がっても、まだ余裕があるほどたっぷりとしたソファ。もちろん持ち込んだのは私ではない。こんな高い物私の給料じゃ買えないわ。もっとも、日常的にこれの恩恵にあずかっているのは私なんだけど。
でも、今日は先客がいた。
さっきまで、寝転がりながらもスポーツニュースをチェックしていた野球界の超新人は、どうやら夢の世界に旅立れたようでございます。滅多にみられない寝顔を覗き込んだ私は、睫毛が長い事に気がついて、ちょっとジェラシー。さらさらの髪といい、つるつるの肌といい、睫毛まで長いなんて、神様は随分とえこ贔屓なもんである。
「ほら、起きなよ。こんな所で寝ていたら風邪ひくよ」
私はともかく、寿也はプロの野球選手なのだから、体調管理だって大事な仕事の一環なのだ。風邪なんかひいたら一大事。それ位の事は、私にも最近やっと解ってきた。
「寿也、起きろー」
だが、今日に限って余程疲れていたのか、寿也が目を覚ます気配はない。仕方が無いので、せめてベッドにまで連れて行こうと、寝ている両腕を引っ張ってみる。ところが、だ。
「う・・・うう・・・、重いっ!!」
―――なんで、こんなに重いのコイツ!?
野球選手なのだから、体格良いなぁと思ったことはあったけど。さして太って見えない寿也が、こんなに重いとは思わなかった・・・。ベッドに連れて行くどころか、引き摺っていく事さえままならない。
「駄目だ・・・」
早々に諦めた私は、寿也の部屋から毛布を持ち出すと、彼の身体にかけてやった。途端に、「ううん」と子供がむずかるような声をあげて、寿也が寝返りをうつ。なんだか、ちょっと面白い。
「どんな夢みてるのかな・・・」
「・・・・・・」
その時だ。寿也の唇が微かに動いて何かを呟いた。
「え?」
空気に溶けるような、微かな声だったけど、確かにその声は聞こえた。私の口が自然に弛む。願わくば、彼の夢が早くかないますように。この声が、海の向こうの彼の想い人に届きますように。その時に見られるだろう、寿也の笑顔が私は楽しみで堪らなかった。
Fin?
□□□
○ここまでの回答を有難うございましたm(vv)m 最後に、このバトンに答えた感想をどうぞ。
□□□
疲れました・・・。私はどうやら、皆様が言われているように「吾郎を好きな寿也」が大好きみたいです(笑)。要するに、Loveよりlikeで、熱い二人を見守りたい。そういう私の妄想炸裂な一品です。たぶん・・・たぶん二度とやらないです・・・。